ファッションと似て結びつきそうなものに、経済学がある。
アダム=スミスは「国富論」を書いた。
ファッションも経済も富と関係があり、裏に論理の骨格が動いている。
富を蓄えた銀行家は芸術品を売り買いし、学問や教養を尊ぶ。
働いて過ごした後、余暇に“すごしやすいカラクリの生活“で休む。
アダム=スミスは道徳に関する著書も書いた。
紀元前の女王が着ていたのとおなじドレスを復元しましたとか、おもしろそうだ。
狭い範囲での世間での規範や道徳を勝手に作りかえることは、国家の法に問われない。
いごこちのよい、ルールは維持が困難で壊れやすい。
金のない時のピカソのように、財布に金があるないにかかわらず。居心地の良さを追求できるくらいでないと、ただ他人のまねをする中流になる。
苦境の時に弱音を吐いてあきらめるくらいなら、最初からモノマネのレベルに終わる。
ファッションは道徳と結びつく。視覚的な美の世界だけにとらわれているようでは、ハリボテに終始しているガラクタいじりの機械職人だ。
自分たちの居心地の良い保養所を維持したければ、道徳の一般相対性理論を自力で構築するくらいでなけらばダメだ。
悪いのは、動かない設計図をおしつけようとしてくる女性だ。
男性は気が付いている。その設計図が実際には動かない機械であるか、時代遅れであると。
人に自分の考え、教えをおしつけようとするのは、実際にはうまく動かない設計図であるという証拠のことが多い。
なぜなら、実動的な設計図はマネされる。
上流は中流に模倣されるのを嫌がる。
アップルのジョブスなど、タッチパネルコンピュータのセオリーを築いたが、模倣者を忌み嫌う。
しかも、下品に勘違いした追従者と一緒くたにされたくないと願う。
トップはファッションや芸術がトップダウンだと信じない。
自分のサークルはあっちのサークルをバカにし、あるいは面白がり、うらやましがる。それでいい。
自他ともにそれぞれで優劣が上から下まで流れていると考えるのは、模倣を勉強として、追従する中流の思考である。
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