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2014年12月18日木曜日

情報理論的に考察したネットエコノミー

情報理論的に考察したネットエコノミー

理論的に推論してあるが、実証的ではないので読む人は注意してほしい。


リンクをはる。
広告を張る。
オリジナル広告を張る。
内部リンクをはる
もくじ形式にリンクを並べる。

これらの行為をしたサイトのページは

氷のように硬くなる。
固くなるとどうなるのか?
なかなかビューがのびないが、少しずつ解けて長持ちする。
リピーターに強い。
くさりにくい。

などである。

反対に、リンクを張られる。
おしらせされる。
広告の宛先だと

時間を早回ししたのと同じことになる。
氷を水に入れた時、撹拌したのと同じで溶けやすくなる。
表面積が増えてビューがふえる。
ザッピングで引っかかる率が増える。
くさりやすい。

などと考えられる。












2014年10月26日日曜日

エントロピーの概念を技術に利用する。広告論

理論と技術。

理論が金になるのか?

「天文学で洋服が買えるの?」と

ガリレオ・ガリレイも母親に言われたとか。

だが、抽象理論であっても、技術に応用すれば金になる。

ライプニッツの金銭欲である。

さて、広告はネットの場合よこはいりだといえる。

みたいコンテンツのよこによこはいりして序列を金で狂わせて登場する。

ただ、広告コンテンツがおもしろいかおもしろくないかもあるだろう。

とすると、広告がつくというのはエントロピーを増大させる。

乱雑になるからだ。整理整頓させた状態がエントロピーがひくいなら、

広告の横入りは乱雑になる。散らかるのだ。そのかわり金の圧力がかかる。

とするとネットページなど、教科書のような整理整頓された文章、

コンテンツ、スマートなものなど、整理整頓されてエントロピーがひくいものに

広告を養う力があるといえる。計算すると敵度が出てくるだろう。

それは目で見て釣り合いを考えるといいだろう。

教科書のようなのはそのままだと、[ガラスの摩天楼]のように無機質だ。

エントロピーが低すぎる。だから広告がついてちらかると敵度になるという理論予測だ。

温度の厚い寒いみたいに適温がアクセスしてくる客によろこばれるはずだ。











2014年9月29日月曜日

広告をたくさん見ると?

憶測で、信ぴょう性はあまりない。

広告をたくさん見ると、無気力化や

にぶくなり、最後は眠くなるという説。

だが、夜眠れるという。






2014年9月24日水曜日

ネット広告で勝つにはスポンサーに好かれろ!?

あるサイトがあって広告で収益をあげるとする。

クリックされやすい広告や、種類が豊富な方がサイトの収益に益になる。

だからいわば、スポーツの大会のようにスポンサーに好かれたものが勝ちになる。

経験で言うと、広告のサイズをしょっちゅう変更すると、広告が集まらなくなるだろう。




はっきりしない憶測だが、サイトに広告の金額が高くかかるほど、アクセス数に重みがかかるらしい。

違うかもしれない。広告をつけるとアクセスが減るといわれている。(主に自分か)

その支払われる金額によりブレーキがかかるようである。

2014年9月4日木曜日

最新ウェブページ理論

SNSやブログ、各種のインターネットのサイトは

ソフトあるいはテープのような純然な中身。

アスキー文字による文章表現であったり、写真、絵、キャラクターなどの画像

動画、飾り文字などの組み合わせによるなんらかの元の現象をウェブで表現したものと

いえる。

それは、随時作られていく。

この最先端理論ではそのソフト(中身)に着手せず、

ページのめくりかたという数学的論理構造、

メカニズムにのみ最新を考える。

つまりサイトの中のページをどうめくるのか。

ツィッターの勝利はおもしろいスポーツゲームのような表示方法だったろう。

フォローした人のつぶやきを串団子のように並べて表示する。

つまりもくじのランチャーのような、ページの表示方法を最新でかっこよくするものが

勝利するという説である。

それはスポーツのルールのような数学的構造がしっかりとしたものが勝つ。

プログラムの複雑さではなく、骨格的構造ですでに勝敗が決まっている。

おもしろいウェブページは多くあるが、そのページどうしの接続が問題でかつ有機的なのである。

ページ同士が同有機的に絡み合っているかで現実世界なみ、あるいは今までない生活スタイル、

SFのようなが実現できるのである。

分解して記号論のように思考すると、ウェブはページが一枚一枚表示されるだけの代物で、

それがどうつながっているかだけであるとさえいえるのである。

あたらしいスポーツゲームを考えるように思考してつくられると思う。

サッカーは11人対11人でキーパーという独立したポジションがある。

バスケは役割はあるもののそうはっきりしない5人が5人と戦う。

2点シュートと3点シュート、フリースローで1点などおなじくボールが

リングをくぐっても得点が違うのが面白い。



















2014年9月1日月曜日

作ったサイトやブログは消すな!!

インターネット開闢以来、歴史的になかったブログやサイトというものを

立ち上げてみたいという欲求や推進力が満ちていた。

その欲求がかなえられ、満足された。

すると垢がたまっていないため、サイトの一ページを作成するにも、

ものすごい労力を感じるように移行していくと思われる。

だんだん重労働の作業のように筆が重たい時代になってゆく。

すると、ブログやサイトのひとペ-ジが重要な価値になっていく。

インフレのように爆発的に作られていたブログやサイトは、

今まであるのが当たり前のように思われていたが。

面白いサイトは金脈に価値観が変わっていく。

今まで地球上の多くの人間がネットの中に労力を割いていたということだ。

江戸幕府に労力を注げばそれがエレガントだし、高層ビルに力を入れればそれがすごい。

だんだんインフレが終息して地味になっていくと、良いサイトがオークションのように価値がつり上がる。

苦労してつくったブログやサイトは検索技術の改善と、新しいサイトの建築ラッシュの終焉とともに、

閲覧数が上がっていく可能性が高い。





2014年8月28日木曜日

現国の試験

同じ本やサイトを同時にあるいは近い時間で多人数が読んでいると、
読みやすいとする説。

TVや映画も一人で見ているより何人かいた方が光が柔らかい。

現代国語の筆記試験。試験の小説は読みやすい。

テストでよい点を取るための意欲もあるだろうが、

ソーメンをゆでてほどくようにコンテンツやレコードというものは

精神力の束で頭に入る形にしているらしい。

2014年8月21日木曜日

ライブと閲覧人数と光

自分のサイトの閲覧数を見ていて気がついた。

ただし、個人情報のようなものは追跡していないし、追跡できないので心配なく。

以下の持論は憶測であり、客観科学と違うかもしれないが、

1000年後には定式化されているのかもしれない。

まず、サイトの閲覧でいうと、誰かが見ているページにアクセスが集中する現象がみられる。

ランキングなどもあるが、RSS機能などのせいではないと思われる。

ここで、TV映画やドラマなどビデオに録画すると、頭に入りづらくなることがないだろうか。

生放送だと生き生きと鮮明に脳裏に映るものが録画したテープでみると、いまいちふやけてみえる。

本などでいうと、読もうと努力しても神通力に限界があるみたいな。

それが高視聴率のライブだと、どうも迫真に見える。

映画館のようにみんなで神通力を出し合っているという説である。

マンガなどでも世界中で同時に読んでいる人がいると同様に見えるのかもしれない。

そして熱心な読者がエネルギーを多く出しているらしい。

とするとYouTubeなどでは「ただいま再生中」が重要となるはずである。

学校の授業なども足を引っ張る神通力から注ぐ神通力まであるのかもしれない。





2014年7月22日火曜日

広告に関する新説

結論から言う。

朝にみる広告は人に受け入れられる。

この法則。

説明すると、広告は気力のようなものを消費して擦り減らすと

考えられるかもしれない。

朝は気力が回復しているので、広告あるいは広告風の番組、

新商品おしらせ、などの番組が頭に入るし、その欲がある。

夜の番組や夜見るインターネットなど、朝から淡々と広告を見て、

あるいは仕事などで気力を消費し、あまり広告や広告風の番組が

受け付けないとする説。

朝のヤフージャパンだと、目立った広告をクリックしたくならないだろうか?

夜見ると精神的に気力がダウンし、広告など無視したくなる。

2014年7月13日日曜日

インターネットについて…

アイチューンというインターネットの海にでかい塊がある。

YouTubeという山もある。

フェイスブック、マイスペース、アメーバブログ、ライブドアブログ、ヤフーブログという山もある。

アイチューンとYouTubeの大雑把な差異は、前者が有料なのと、後者は無料でビデオのみという。

アイチューンは商品が基本である。

チューブに入って、コンテンツやビデオなどが光っている。

レベル200がひしめいているのもいいし、レベルにこだわらないいいものもいい。

ラジオ小説映画館というアイチューンというシリンダーに属さない小さい作品がもられた皿もある。

そのほか、ネットの海には山(チューブ、シリンダー)に属さない、単独で運営しているサイトが

たくさんひしめいている。

チューブに属するのもいいし、自営業のように独立もいい。

■■

次にネットには電話という、役割もある。

電話には指令が来て、指令が来た人の人生を変えるという意味もある。

かける方にも意思決定がいる。

役職の任命式のように、指令が行く電話はスタイリッシュな再定義された電話であるのも

あらたまる。





2014年7月5日土曜日

サイトのトップページに広告をつけるな!?

トップページに広告をはるのは

やや悪手だという説。

末端のページにはると客が減らないが、

一番のトップに広告があると客が減るという。

グーグルなど、トップに視聴率が集まるはずなのに、

利益広告が一切ない。








2014年6月6日金曜日

インターネットのリアルタイム性

インターネットのリアルタイム性


作り置きのコンテンツを選択して消費する。

ネットは過去ログという言葉のように、TVにくらべて作り置きといイメージもある。

逆にテレビ以上に「今」というリアルタイム性ももたせることができる。

家電量販店にいったとき巨大テレビがならんでいて、番組が映っている。

あるいは新モデルのパソコンにいろいろ何かメディア、画像、ソフトが映っている。

ずらっとならんでいるが、まさにリアルタイムのTV放送以上に今中継しているという実感がある。

映画館など、個人ではなく、その時集まった人たちでモニターをみるのにそれがあるのかもしれない。

SFのモニターがいくつもならび、いろんな映像が動いている。

現代のテクノロジーですでに実現は可能だが、あれに何かインパクトを感じる。

ネット、あるいは接続したパソコン、携帯端末は、電話(人とつながるという意味の)の役割も

もたせられる。

ホットリンク仮説という自分の仮説では、ネットのアドレスを書いたハイパーリンクを張ると、

直後には人はリンクをくぐるが、作り置きで古くなるとリンクをくぐるのが少なくなるという仮説だ。

リアルタイム性とか、連帯感みたいなものがその正体かもしれない。

男性は孤独になりたいという欲求と連帯したいという相反する欲を持つ。

SFに出てくる世界みたいに、ネットで(うまいぐわいに)繋がりたい。

組織の一員やメンバーになりたいという欲が(常には満ちてないが)漂っている。









2014年4月20日日曜日

ネットの中がインフレ

携帯ブームの全盛期、

携帯電話の中、携帯サイトがインフレだった。

つまり好景気でさかんに有用なコンテンツがばく進していた。

今はインターネットのなかがインフレだ。

昔は無料お試し止まりだったのが、

コンテンツの中身自体が無料が当たり前になりつつある。

だが、永久にはインフレは続かない。

携帯の機種変更がさみしくなったようにネットの中も寒い不況が来る。

その時には違う何かが好況になっている。

2014年4月6日日曜日

ラインナップとアクセス数

未確認で憶測の観測だが、

ネットあるいはほかでもだろうか。

シリーズものでラインナップがそろいつつあるとき、

アクセスや販売台数が伸びないという説。

たとえて、製品の売り上げでさらに新製品を買っているため利益が伸びないような。

シリーズの続編をやめてラインナップが完結してある程度たつと

アクセス数が伸びていくらしいという。

根拠には薄い。統計的にそう見えるというだけだ。

アップルでもマックプロのような斬新な新型を市場に投入すると

温まるまで時間がかかるのは確かなようだ。

アイフォンなど、骨格が同じで煮詰めていった作品に売り上げや数が伸びるのでは?

斬新な新骨格の製品をつくりつづけると、客はとっついていきにくい。

温まるまでに時間がかかるのだろう。

2014年4月2日水曜日

情報を熱力学で考える

恐怖とは情報であると仮定する。

根拠は、今のところない。

だが、恐怖=情報とおいてみる。

恐怖が足りなくたいくつになれば、チャリンコにのり

散策に出かけようと思う。

反対:

恐怖に満ち足りていると、室内でよい。

ひきこもり十分である。

ネットの存在で、情報がスームーズに手に入るようになった。

上の仮説でいえば恐怖(情報)をモニターから随時ひきだしている。

そのため、退屈でなく、恐怖に満ちて、散策に行きたがらなくなる。

2014年1月8日水曜日

商品がならんだサイトは客が来る!?

商品が並んでいるウェブページは自然とアクセスがあつまる。

根拠がない仮説だが、

単なる記事と売り物(商品)で閲覧吸うが違うような気がする。

リアル店舗でもスーパーやコンビニなどのように

商品を陳列すると、ある程度人が入ってくるような原理だと思う。

写真や記事だけの雑誌のようなサイトより、

客が集まるのかもしれないがはっきりしたことはいえない。

2013年11月29日金曜日

SNSでできること知的財産

ネット上の百科事典ウィキペディア。

便利で書籍やCD-ROMの百科よりマイナーなことまで言及している。

便利だが、それほど専門的でもないかもしれない。

百科事典にしてはやや詳しくないかも。

ブルタニカにしろエンカルタにしろ、百科事典の分厚さなのはたしかだ。

生化学大全、分子生物学、現代有機化学、新約聖書、旧約聖書全文

など専門書をすべて網羅するに至らない。

マイスペースの音楽にしろ、知的財産には各種類ある。

SNS内部にそれを蓄積して、会員が自由に使えたら、そのSNSの強みだろう。


2013年11月18日月曜日

何度も来るサイト、広告の張り方。

インターネットのサイトはプログラムだ。

その場でソースコードを読みとり組み立てている。

実際体験しているだろうが、

飾りやオプション、パーツが多くついたペ-ジは表示に時間がかかるし、

スクロールも重い。

サイトをつくるなら、

何度も来てもらうには簡素な方がいいのかもしれない。

だが、みるものがないという感覚とバランスの問題になるだろう。


リンクや広告だが、

元のページがリンク先や広告より魅力が高い場合、

くぐらなくなるだろう。

リンクなど時間とともにリンク先の興味が減るのが普通のようだ。

ホットリンク仮説)

だから敵度に面白くない、いきどまりとかにCMを張るのがいいのかもしれない。

研究途上だか書き記した。

2013年10月14日月曜日

広告を踏むとまわりまわる

広告を踏むとまわりまわる





自分で広告を踏んで、

広告リンクを飛ばないと、

自分のサイトで広告の閲覧ビューが減る、

あるいは広告のクリックがなくなるという

まゆつばな法則がありそうだ。

だが、やらせで広告を踏むとダメージがありそうだ。

外部リンクの集まり(分岐点)

一つのページに外部リンクがいくつも張ってあるページ

目次などもそうだが、

そこはアクセスでもリピータがきやすいと思われる。

そこにもう一度来ると欲しい新ページが得られるからだ。

分岐点は一種のカテゴリ検索エンジン効果があるだろう。

そこに広告を張るといいようだ。



だが、フォルダ型の選択しは閲覧や選択に疲労がかかるせいか、

いまいち悪い気がする。

分岐する外部リンクでも、

大雑把に役割が遠いサイト(バラバラのようで統一感)の集まりと

こまかい、同一のページに分岐する分岐点では効果が違うはずだ。