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2013年10月17日木曜日

インターネットというもの

インターネットを初めて見た1996年ころこう思った。

ワープロ画面がケーブルから通信されてくる。

TVなど生まれる前からある。

そんな不思議なものでもなかった。

フロッピーに入ったソフトもカセットもある。

雑誌にはさんでフロッピーディスクが売られてもいた。

そのソフトがTVみたいにケーブルから来る。

大して不思議でもない。

パソコン通信というものも電話回線を通じてネット以前にあったはずだ。

半無線のようなイメージでみられていたような。

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今から見ると、インターネットはあるからある。

そういうインフラなラインだ。

娯楽を含め、通信、電話を超える電話機、日常のわからないことを調べる道具、

などだ。

2000年ころならネットは何をしているのだろうというものだったが、

2013年現在くらいだと、ないと困る基盤にまで掘り下げられた。

ネットが存在しないこと自体想定するのが難しい。というイメージだ。

ネットを知った数年後、「ないならないでいいな」位の時期もあった。

企業のページがのっている電話帳位に感じていた。


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証券取引所などニュースに映る。

高校生の自分には社会科の先にある何か、に見えるラインだ。

今見ると世界をつないでいるラインとかケーブルに見える。

地下茎のようにいろんなところに繋がって影響を与えているからだ。

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ネット以前、繋がるといえば直「ちょく」。

学校、職場、家庭で、人をまたぐかしないと遠い人に通信できなかった。

ルソー、やルターなど思想で革命を起こしてしまった。

行っている思想は正しい。

だが、ルターもルソーも半分戦争のような殺し合いにおののき、

自分の思想を持て余した。

思想を受け入れるシンパをよろこんだが、その連中が人を傷つける。

思想の能力はあったが戦争を止めたりコントロールできる王の力はなかった。

そこが重要だと思う。

思想で人を動かしたが止められない。

中国のネットに対する規制など、それだろう。

ペンは剣より強し、だが、思想が実際力を持つこともある。

ビックデータをはじめ、ネットという各地につながるものは、

重い風車をまわすロゴスになりえる。


















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