ラジオ小説映画館でだしている小説など、
「動くロボット」「スマートフォン」を再現したいという野望を多分に持つ。
しかし、受けとるユーザーからすれば、一本道のストーリーを読むだけで、
自分の意思が介入する余地がないのではないか。
魔人のロボットの人形。
あれは動かない。
動的メカニズムがない。
しかし、ユーザーは心の中で想像して遊ぶのである。
「RPGは想像の中で遊ぶゲームなんだからアクションの戦闘はじゃまになります」
「文字と数字だけの情報から空想が膨らんでいたいと感じてくれる~」
(ドラゴンクエストへの道)
動的メカニズムの代表といえるRPGでさえ、ユーザーの介入を想像力に任せる。
映画など、アクションの戦闘をふんだんに見ることができる。だが、ユーザーが入り込む余地が少ない。
RPGはユーザーの意思決定により、パターンが違ってくる。
ステータスも自分の意思で育てた数値になる満足がある。
操縦できるメカであるはんめん、あたえられるストーリーや設定もある。
いわば、「ブック」は他人が描いたものを「読む」
ツールはなにかの道具である。
エディターは自分で書くためのツールであろう。
ゲームは?
他人が書いたものの中で、自分があるていどエディターのように書く(ライトする)。
だから動くおもちゃなのであろう。
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