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2014年11月1日土曜日

アリストテレスのいう技術のような話





解けた…。かつて自分の心の中にあったものがいまない。次に、今はポイントやある種の金で買い物したときだけ自分の中にある!という感じ。

物理でいう、電流とか電位差のようなものか。定式化したい。人間も企業もサイトも【一発屋】に終わるようにできているわけではないと思われる。自然は。畑の輪作や万物は流転するなどの方式を活用すれば何度でも発電できる。

さて、男性機能を鍛えると文明の火がわけてもらえると書いた。それは発明であり独自アイデアであり、自然科学の気づきであり、技術やノウハウである。

それにたいし、抵抗というのか対価はないのか。おもしろおかしいだけで男性機能が鍛えられるなら、ノンストップで放出しぱなしだとなる。蛇口がない。

それは怖い。恐怖を真に受けとめることであり、屈辱の形をとることもあるのか。ただ怖くないだけで人に従う。嫌な話でもある。(禁忌いうのは大切である。それは才能とつながる)

銀行というとクリーンなイメージで「いいところに務めましたね」となる。闇金融というと汚れたイメージになる。ひとにより八方禁忌を感じる分野が違う。それは大切で才能である。

金を稼ぐというのは、まず大切で経営学など教科書として恥ずかしくない。だが、汚れると金を稼ぐためのズルみたいに落ちていく。それと同じで恐怖と男性の話も場合によると汚れた話になる。

まず、何か始めるのに男性は必ず恐怖を感じるだろう。だが、幸い永遠に続かないはずである。恐怖はそのひとに敵度に薄まれば、楽しさに変わる。

危険は怖いし嫌なことだ。だれでも逃げたくなる。だが、敵度であれば自ら欲しくなる。勇気という概念も物理量のように確かにあるがはっきりしない。

逆に実利からはなれた、技術ではなく理論の理論に走ってみては?なるほど、理論の翼を広げてみる。数学とはなにか?物事の骨格であると認識しているが、ヒルベルト空間やイデアの世界などどんどん理論の橋をひろげたい。














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