カントの純粋理性批判などのように
形而上学というものがある。
肉と骨組の問題のことであろう。
理論は究極的に物理学に、最後は数学にたどり着くのかもしれない。
実際家もいいし、理論家もいい。
そのように考えて、怒る人、不満な人とは
理論を構築できない人であろう。
また、理論を掌握した王のような識者・指揮者は怒ることを許されない。
怒り不平を爆発させて解決しようとする者は程度のよるが、
理論家になれないのである。
それでいえば実際家は理論家より少しは怒る。
そして奇跡を手にしているものは最後まで怒らない者である。
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