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2013年11月28日木曜日

純粋理性批判

カントの純粋理性批判などのように

形而上学というものがある。

肉と骨組の問題のことであろう。


理論は究極的に物理学に、最後は数学にたどり着くのかもしれない。


実際家もいいし、理論家もいい。

そのように考えて、怒る人、不満な人とは

理論を構築できない人であろう。

また、理論を掌握した王のような識者・指揮者は怒ることを許されない。

怒り不平を爆発させて解決しようとする者は程度のよるが、

理論家になれないのである。

それでいえば実際家は理論家より少しは怒る。

そして奇跡を手にしているものは最後まで怒らない者である。

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